【アート講座】の記事

ひとり芝居のつくりかた・あじわいかた(10/9)

投稿日:2021年10月15日

本日は2021年度のアート講座の開講に相応しい日本を代表する劇作・演出家のふじたあさや先生の講演である。筆者は一人芝居の存在は知っているものの、実は一度も観劇したことはなくむしろ芸術音痴の自分には敷居が高いものと思っていた。

 

さて講演が始まった。先生は「演劇の劇の意味は激しさを意味し、観客は激しさの源である対立や葛藤について、さあどうなるのかとドキドキしながら劇に引き込まれていく。このように劇には相手がいて初めて成り立つ。古代ギリシャの演劇ではコーラスとソリストの掛け合いで劇が成立していたことが代表例である。」という基本的でまた重要な話から入られた。続けて「20世紀初頭に成立した一人芝居も相手をどうするかが重要で例えばチェーホフの『煙草の害について』では観客を講演会の聴衆に見立てている。コクトー『声』も相手がいるという設定。どちらもそういうことがあると思わせることがポイントでリアルを求めるこれが近代劇の条件であった。坂本長利の『土佐源氏』も相手として聞き手が存在して成り立っている。」と一人芝居の近代史に言及され、大変わかりやすく説明いただいた。

日本では一体いつごろから一人芝居が存在したのか。先生は600年前に成立した『八嶋』という能の間語りとして演じられる『那須語』に原点があると断じられる。「日本の芸能において語りの比重は大きい。物語の物は『ものさびしい』『もののけ』といった目に見えないもので、語りとは物が演者にとりついて成り立つ。複式夢幻能の影響は大きく、語り物の発展という姿で日本では演劇が成立した。徳川時代には、幕府批判にならない旧作の再演、あるいは改作しか認められなかったが、600年前の現代劇をそのままで観劇できるという珍しい形が残され、語り芸も同様であった。明治になって西欧の文化に刺激され、外国演劇のコピーやリアルな路線を歩み始め、その延長線上に一人芝居があった。」という説明をされた。断片的知識は筆者にもあったが、このように系統だってお聞きし、とても新鮮であった。

最後に演劇では、(何を・誰が・いかに)伝えるかが重要だが、リアルな演劇では主役は(何が)である。しかし語りでは誰がどのように語るかがポイントだ と力説された。近代に入って語り手の存在をはっきりさせた、語りの延長としての一人芝居が生まれた。リアルだけを求める時代が終り、近代劇から現代劇への変わり目を迎えた、で締めくくられた。河東けい、津嘉山正種、中西和久といった演者についてスライドを通じて詳しく紹介され一人芝居の楽しみ方を教えていただいた。まさに一人芝居の神髄に接した思いであった。

ふじた先生 大変興味深いお話をありがとうございました。食わず嫌いであった一人芝居の虜になりそうです。来年のアルテリッカを楽しみにしています。

(投稿文:アメリカン  記録写真:白馬童子)